落ち着きのないふわふわとしていた僕の心が根を張れた場所 エッセイ

落ち着きのないふわふわとしていた僕の心が根を張れた場所

一枚の写真。ちょっと「普通」ではない印象を受けるのは、裸の木の枝に瓶がくくられているからだろう。この場所に、僕はなにか置いてきてしまったのかもしれない。
神保町で古本屋巡り 探そうとしなけりゃ見つからない、か エッセイ

神保町で古本屋巡り 探そうとしなけりゃ見つからない、か

並んだ、色とりどりの本。外を歩きながら、膨大な量の本の背表紙に目を向ける。閉ざされていない空間の中で見たからだろうか、よりこちら側に入り込んできている感じがする。
スタンディングデスク(仮)を試してみたらすこぶる調子がいい 暮らしと仕事

スタンディングデスク(仮)を試してみたらすこぶる調子がいい

スタンディングデスク、ずっと気になっておりました。とりあえず試してみようということで、キャットウォークをスタンディングデスクに見立てての試運転開始ですw
空港の出発ロビー 別れに触れて切なくなるものである エッセイ

空港の出発ロビー 別れに触れて切なくなるものである

親戚の見送りに羽田空港へ。過ごした時間は空港での数時間とわずかだったにも関わらず、見送ったあとはなんだか切なくなるもの。出発ロビーは、なんだか、切なくなります。
裸足で地面に触れていたい エッセイ

裸足で地面に触れていたい

子供の頃から裸足でいることが好きです。自宅では必ず裸足で過ごしていますが、できる限り外でも裸足でいたいくらいでございます。裸足で地面に立つと気持ちがいいのです。
祖父の「情報を取り込んでいる」姿を見て自分の姿勢を正そうと思った エッセイ

祖父の「情報を取り込んでいる」姿を見て自分の姿勢を正そうと思った

おじいさま。小さい頃から一緒に住んでいたこともあり、僕にとって父親のような存在。祖父と一緒に旅行に行ったのですが、「情報を取り込んでいる」姿が印象的でした。
顔って内面が表れるのかしら 人の目を見て話すのは得意じゃないけれど エッセイ

顔って内面が表れるのかしら 人の目を見て話すのは得意じゃないけれど

顔ってその人の内面が表れるのかしら。顔を見るというだけの情報のみで、その人がどんな人かを想像していたことがあったのを思い出しまして。顔を見てみたら、面白い、と思った。
会いたいと思った人に会える周期 これを運気の上昇と言うのだろうか エッセイ

会いたいと思った人に会える周期 これを運気の上昇と言うのだろうか

今、僕は割といい流れの中にいます。そう、感じるのです。運気の定義すらわからないですが、良い運に恵まれていると思われます。会いたいと思った人に会える、周期。
焼き魚にはカレー 食べ合わせが悪いのも含めて母の味 エッセイ

焼き魚にはカレー 食べ合わせが悪いのも含めて母の味

食べ合わせ、みなさん気にされますでしょうか。まだ幼い頃、僕の実家の食卓には焼き魚とカレーが一緒に並びました。家族はそれを食べ合わせが悪いと言っていたのですが…。
【留学話】言葉は理解できなくともバスケットボールがあれば伝わった エッセイ

【留学話】言葉は理解できなくともバスケットボールがあれば伝わった

バスケットボール。これまでの人生で僕が一番夢中になった、もの。ふと思い出したのは、その中でも印象深い出会い。僕が高校を卒業して、アメリカに留学したときのこと。
マコデス・ペトラ|葉脈がキラキラ輝くジュエル・オーキッドが我が家にやってきた エッセイ

マコデス・ペトラ|葉脈がキラキラ輝くジュエル・オーキッドが我が家にやってきた

マコデス・ペトラという植物をご存知でしょうか。むつかしいお名前でございます。この植物、写真ではなかなか伝わりづらいのですが、葉脈がキラキラと輝いているのです。
『ザリガニはかせ』と呼ばれていた幼い頃の僕の話 エッセイ

『ザリガニはかせ』と呼ばれていた幼い頃の僕の話

ザリガニを見ると捕まえたくて仕方がない欲求に駆られます。これはもう、本能的なもので。そういえば僕は、小学生の頃、『ザリガニはかせ』と呼ばれてことがあったのでした。
今日も今日とて書こう書こう!1年後の自分に「おもしろい」と言われるように エッセイ

今日も今日とて書こう書こう!1年後の自分に「おもしろい」と言われるように

やっぱり。書くのは、楽しい。日々書くことでなにかを見つけられたら。生まれたら。文章っていいな、と思う。その文章の居場所が、僕の場合はこのブログってことなのでしょう。
あたまんうらっかわ〜文章はただの文字となりカタチとなりついには塵となる〜 エッセイ

あたまんうらっかわ〜文章はただの文字となりカタチとなりついには塵となる〜

頭の中を駆け巡り文字同士が擦れ合い文章として結実する前に散り散りとなる混沌と、読ませようとしない反骨の感覚を『あたまんうらっかわ』として体感的に綴り、読者の想像力を揺さぶります。
裸のおばあさんと裸の僕 方言がわからない中での裸の付き合い エッセイ

裸のおばあさんと裸の僕 方言がわからない中での裸の付き合い

温泉で女性と裸で対面する。そう書けば魅惑的なシチュエーションでしょう。しかし、この話に登場する「裸」は腰の曲がったおばあさんと、僕のもの。方言の強い言葉で話しかけてくるおばあさん。聞き取れず戸惑う僕。どちらも、全裸。
みんなの母だった 祖母との思い出を綴ってみる エッセイ

みんなの母だった 祖母との思い出を綴ってみる

祖母が亡くなってからもう2年も経つらしい。3回忌をやると母親から連絡がきた。両親が離婚し母は働きに出ていたので、僕は専業主婦である祖母と過ごすことが多かった。
公園でひとりぼっちになって『感情』を『流す』時間 エッセイ

公園でひとりぼっちになって『感情』を『流す』時間

公園でひとり、待ち合わせまでの時間をひとり、楽しむ。ひとりぼっちで何もしない時間は、いかに普段己の感情が凝り固まっているかに気付かせてくれる時間になりえるのだ。
座高が高くて困る事 座高測定がなくなるですと! エッセイ

座高が高くて困る事 座高測定がなくなるですと!

僕、座高が高くてですね。座高測定がなくなるということを知って、改めて自分の座高のことを思い返した次第。悩んだこともあったわけです。座高が高いことに。
自宅の隣の隣の小さな町工場のおっちゃんとの数秒の会話 エッセイ

自宅の隣の隣の小さな町工場のおっちゃんとの数秒の会話

夜、駅から自宅へと歩いて向かう時間。自宅近くに町工場がある。その小さな町工場のおっちゃんとの数秒の会話を、僕は毎日楽しみにしている。無条件で元気になれるのだ。
ブログからはじまるコミュニケーション 〜ブログをやっていてよかったと思うコト〜 Tips

ブログからはじまるコミュニケーション 〜ブログをやっていてよかったと思うコト〜

ブログを通じて嬉しいことがありました。僕がブログをやっていてよかったと思う瞬間は、ブログを通じてコミュニケーションがうまれたとき。ブログは基本、一方通行だから。