子供の頃から裸足でいることが好きです。
自宅では必ず裸足で過ごしていますが、できる限り外でも裸足でいたいくらいでございます。
だけども、外を裸足で歩いていると変な目で見られてしまいますね。
wikipediaにはこう書いてありました。
日本では、家の入り口で履物を脱ぐ習慣から、裸足で家の外に出ることは汚いこととされる。
引用:wikipedia
地面は家の床とは違い、日々綺麗に磨かれているわけではないから。
それに、色々なものが落ちているから、裸足で歩いていると危険、と。
だから、家の外では靴を履くことが習慣になっております。
ただ、どうでしょう。
裸足で地面に立つと気持ちがいいのです。
健康法としてすすめたいわけではありません。
足元の安全を見ながら、草や土や床の振動を感じるのが好きだ、というだけの話です。
足の裏から伝わるもの
靴というプロダクト自体は好きでございます。
元々は、足を保護する用途で靴は作られたと聞きます。
それから靴は進化を続けて、人の能力を増強する機能を備え、ファッションにも欠かせないものとなりました。
ビジネスの場面ではステータスを示すものともされたりと、日々の生活には不可欠なものでしょう。
だけども、感覚の伝達という面においては、靴を履くことで鈍ってしまっている部分があると思われるのです。
靴は、足の裏から得られる感覚を遮断してしまう。
裸足でいれば直接地面に触れることができます。
裸足でいるのと靴を履いているのでは、足の裏から伝わってくるものの多さが比較にならないな、と。
地面と接する
僕は今でも時々、外で裸足になります。
河川敷に行った時などは裸足になるチャンス。
土や草の上を裸足で歩くととても気持ちがいいのです。
草のひんやりとした感触や土の温かみが、感じられます。
また、感覚を得るばかりでなく、自分の中に溜まった良くない気を地面が吸い取ってくれるような感覚もあります。
アスファルトの上を歩くのも割と気持ちが良いのです。
時には冷たく、時には足の裏を火傷するくらい熱いのだけど。
そんな当たり前のことも、靴を履いているとわからずに過ごしているのだ、と気付いたり。
地面と常に接しているのは足の裏だけなのに。
個人的に好きなのは、音楽を聴くような場面で裸足になること。
クラブやフェスなんか、すごくいい。
裸足になることで、床や地面から振動が伝わってきます。
身体で受ける振動よりも、よりクリアな振動。
足の骨から伝わってくる、音、振動。
床と触れているのが足の裏だけだから、入り口が絞られていることで濁りが少ない振動なのだなと、思ったり。
音は振動だ。
と、改めて気付くのです。
当然、人に踏まれたりすると危険。
だから、そっと端によって、人の少ないところで裸足になって目を瞑るのです。
日々の生活で、外出時に常に裸足でいることは難しいですが。
僕は子どもの頃に釘を踏んでしまい、靴の外側から足の裏にかけて刺さってしまったことがあります。
この時、靴を履いていなかったら、釘が足を貫通してしまったでしょう。
靴の利点は活かしつつ。
でも時々は、裸足で地面に接していたい。
地面から得られる感覚は、現代の生活の中において新鮮な感覚が多い、ように思うのでした。