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落ち着きのないふわふわとしていた僕の心が根を張れた場所

落ち着きのないふわふわとしていた僕の心が根を張れた場所

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一枚の写真。
写っているのは冬で葉が落ちてしまった裸の木。
ちょっと「普通」ではない印象を受けるのは、枝に瓶がくくられているからだろう。

最初は僕もそのユニークな姿に惹かれ眺めていただけだったのだが、何度か訪れるうちに、その場所に立ち木を眺めていると、心がストンと落ち着くようになった。
木と同じように、地に身体が根を張るような感覚。

そのせいだろうか、この写真を見ると、心がちょっとざわめくのだ。
この場所に、僕はなにか置いてきてしまったのかもしれない。

今読み返しても、これは観光案内というより、ベルリンで自分の心が落ち着いた場所についての記録です。
Kleingartenという名前を知る前に、まず身体で覚えていた場所でした。

地に足を着き、立つことができた場所

当時ベルリンに住み始めたばかりだった僕は、新しい経験ばかりで刺激的な日々を楽しく過ごしてはいたのだが、どうにも地に足がつかずふわふわとした気持ちに落ち着かずにいた。

そんな気持ちに区切りをつけたくて、僕はひたすらに歩いた。
歩くことで、自分の足で進んでいることがわかる。
歩くことで、歩いた分だけ新しい景色に触れられることがわかる。
一歩一歩確かめながら、ひたすらに歩いていた。

そんななかで出会ったのが、先の写真のような不思議な風景だ。

Kleingarten(クラインガルテン)と呼ばれる場所

ベルリンは中心部の都会的なイメージが強いが、中心部から離れるようにしばらく歩いていくと都会っぽさはみるみるうちに薄れていく。
様々な表情を見せてくれる街だ。

ベルリンのクラインガルテンに立つ、瓶が吊るされた冬の木

当時僕が住んでいたアパートから1時間ほど歩いたところに、その場所はあった。
明らかに周りとは違う雰囲気の一画。
とても広い敷地のなかに、平たい小屋と庭で構成された小さな区画がいくつも並んでいる。

冬のベルリン郊外に並ぶクラインガルテンの小屋と庭

ドイツでは電車の車窓からよくこのような場所を見かける。
のちに一緒に住んだドイツ人の同居人が教えてくれたのだが、こういった場所をKleingartenと呼ぶそうだ。
直訳すると「小さな庭」。
ドイツでは長い歴史をもつ農地の賃借制度とのことだった。
土いじりをしたい人々が、休みの日なんかに時間を過ごす場所なのだろう。

人の気配が少ない冬のクラインガルテンの通路

僕が訪れたときはほとんど人がいなかった。
冬の寒い時期だったからだと思う。
寒く手入れのされていないその土地は、閑散としていた。

静かな区画に立つ小屋と手入れ前の庭

周りとは違う雰囲気が気に入り、僕は時々その場所に訪れるようになった。
そのKleingartenの敷地は広く、それぞれの区画の小屋や庭にも個性があるので、毎回新しい発見があり面白い。

クラインガルテンに置かれた鳥の置物

ただ置かれただけの鳥の置物が、なにかを訴えてるようにも、時にはコミカルにも、見える。

枝ぶりが印象的な冬の木と庭の風景

木々も特徴的なものが多かった。
ただただそう成長したくてそうなるのか、それとも多少人間の手が入った状態から成長したからそうなっているのか。

何度もその場所には訪れた。
落ち着くのだ。
敷地の外からは車の走る音なんかが聞こえるのだが、敷地のなかは静かで、ただただ人が残したものと自然があるだけだ。
ある時点から「止まっている」世界に入り込むと、自分がちゃんと「立てている」ことに気付けるのだった。

そんなお気に入りのKleingartenのなかにも、特に気に入っていた場所があった。

裸の木の枝に瓶が吊るされた印象的な場所

最初はただ「面白い」と感じた。
ユニークな、その風景に惹かれただけだ。
だが、何度か訪れるうちに、その場所に行くと落ち着くようになった。
心が静まって温かくなり、地に接している足から根を張っているような気持ちになった。

裸の木の枝に人工的な物がぶらさがっている。
それが、違和感ではなく、ただあるべくしてあるだけのように不思議と見えてくるのだった。

瓶が吊るされた木を別の角度から見た風景

この場所の写真を見ると、僕は自分の心が何かを欲しているように感じる。
きっと、僕の心はこの地に根付いてしまったのだろう。
異国の地での不安や寂しさもあったのかもしれない。
そんな落ち着きのないふわふわとしていた僕の心が根を張れた場所

見慣れた、心が根付いた場所や物がなくなるのを見ると、ときにすごく苦しい気持ちになる。
きっと、それらに根付いた心ごと剥がされてしまうからだ。
僕の場合は、気付かずに剥がしてちぎってきてしまったのかもしれない。

帰り際に座っていたベンチと冬のクラインガルテン

この場所から去るときは、いつも同じベンチに座り、背中から射す陽を感じてから帰った。

そんな僕の心が張った根っ子がまだ残っているから、この地の写真を見ると心がざわつくのだろう。
置いてきてしまったのだ、僕は、きっと。
少しだけ。

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